A1-23 タンパク質中性子結晶解析支援

ユニット名

構造解析ユニット

支援担当者

所属 ① 量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所
② 茨城大学 フロンティア応用原子科学研究センター
氏名 ① 玉田 太郎
② 日下 勝弘
AMED
事業
課題名 生命科学と創薬研究に向けた相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化
代表機関 理化学研究所
代表者 山本 雅貴

支援技術のキーワード

中性子回折データ収集、大型結晶作製、中性子回折データ処理、中性子/X線相補的構造解析

支援技術の概要

中性子はX線とは異なり原子核と相互作用するため、X線では困難なタンパク質や水和水の水素原子を直接可視化できるという特徴を有している。その一方で、大型結晶作製のハードルの高さや回折データ収集機会が限定されていることから、その利用が進んでいないのが現状である。そこで、タンパク質の中性子回折データ収集が可能な2つの国内施設、研究用原子炉JRR-3と大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設MLF、に設置した中性子回折装置を支援に供する。さらに、大型結晶作製から回折データ処理、X線回折データを相補的に用いた構造精密化までの、中性子結晶解析のすべての過程をカバーする。ユーザーのニーズに応じて、個別のセクション・複数のセクション、どのような支援要請にも対応可能であり、中性子結晶解析の初心者についても手厚くサポートする。

【試料調製セクション】 大型結晶作製のためにはタンパク質を安定に大量生産することが必要となる。大腸菌大量発現系が構築済みの場合は、試料調製から支援可能である(未構築の場合は、発現・機能解析ユニットのコンサルティングへ)。結晶化は初期スクリーニングから大型結晶作製まで支援可能である。大型結晶作製に難航した場合、構造解析ユニット内の連携(京大:杉山グループ)により試料の重水素化を実施する。完全重水素化により通常の1/3程度のサイズの結晶から回折データ収集が可能になったとの報告もある。良質な大型結晶作製については、結晶化相図の作成や種結晶化法をベースに実施するが、嫌気環境利用、温度応答性ポリマー(北大:尾瀬グループ)およびCD透析法(JAXA:山田グループ)の技術も積極的に取り入れることで多様なサンプルに対応する。いずれの技術も大型結晶取得の実績があり、中性子結晶解析まで至った例も複数ある。

【測定セクション】 中性子回折データ収集にはJRR-3のBIX-3/4およびJ-PARC/MLFのiBIXを利用する。BIX-3/4は連続中性子(単色法)を用いた高精度データ収集、iBIXはパルス中性子(TOF-ラウエ法)を用いた高効率データ収集という特徴がある。結晶格子サイズ、目的分解能、収集希望時期に応じて、最適な装置の利用が可能であり、一定のビームタイム(全ビームタイムの10~20%程度)を支援専用に確保している。中性子はX線とは異なりデータ収集時の照射損傷をケアする必要がないため室温でのデータ収集が可能であるが、反応状態の制御等の目的に応じて低温(100K)下でのデータ収集も選択できる。装置や結晶の対称性にもよるが、中性子回折データの収集には1~3週間程度を要する。そのため、フルデータ収集に先だって予備的回折実験(中性子・X線)を行い結晶の選択を行う。回折能が思わしくない場合は、「試料調製セクション」に戻り、良質な大型結晶作製を検討(再検討)する。中性子回折データ収集後にはX線回折データを用いた相補的構造精密化のために、同一結晶・同一条件でX線回折データを収集する。構造解析ユニット内の連携(KEK:千田グループ、理研:山本グループ)により、放射光施設の回折装置を利用する。

【解析セクション】 中性子回折データ処理にはBIX-3/4(単色法)、iBIX(TOF-ラウエ法)でそれぞれ異なるプログラムを使用する。特にTOF-ラウエ法で収集したデータの処理には時間と経験を要するため、丁寧な支援(指導もしくは処理の代行)を実施する。構造精密化(プログラムPHENIXを用いることが一般的)には中性子とX線の両方の回折データを使用するが、こちらも希望に応じた支援を実施する。中性子結晶解析により取得した構造情報をQM/MM、FMO、マルチスケールシミュレーション等の計算科学に供することで反応機構の解明の深耕が期待できるが、インシリコ解析ユニットとの連携やコンサルティングを実施可能である。また、構造解析ユニット内の連携・コンサルティングによって、結晶解析以外の手法も取り入れた相関構造解析が可能となる。

支援技術の利用例

【高電位鉄硫黄タンパク質の中性子結晶解析:Hanazono et al., Sci. Adv., 8, eabn2276, 2022】 高電位鉄硫黄タンパク質(HiPIP)は、+2/+3価の酸化還元状態を示す4Fe-4Sクラスターを補欠因子として保持し、紅色光合成細菌の光合成電子伝達系で機能する電子伝達タンパク質である。結晶化相図とマクロシーディングを組み合わせることで1mm3のHiPIP大型結晶作製に成功し、抗凍結剤および凍結条件を最適化することで、回折能を損なうことなく大型結晶を低温下に移行した。回折データはJ-PARC/MLFのiBIXで収集し、プログラムSTARGazerを用いた処理により1.2Å分解能のデータを得た。Photon FactoryのBL5Aで0.66Å分解能のX線回折データを同一結晶から取得し、両データを相補的に用いた構造精密化をプログラムPHENIXで実施した。今回、1.2Å分解能という高分解能データを得たことから、拘束モデルを用いることなく構造精密化を実施したところ、モデルからずれるアミドプロトンが多数存在することを確認し、多くのアミドプトロンの原子核位置は水素結合のアクセプターである酸素原子の方を向いていた(下左図)。これより、ペプチド結合の平面構造が水素結合により変化し、画一的ではなく多様な構造を取っていることを世界で初めて実験的に明らかにすることが出来た。

【銅含有亜硝酸還元酵素の中性子結晶解析:Fukuda et al., PNAS, 117, 4071-4077, 2020】   銅含有亜硝酸還元酵素(CuNIR)は、窒素循環における脱窒過程において亜硝酸イオンを一酸化窒素ガスに変換する。数種のCuNIRを試した結果、好熱性細菌Geobacillus thermodenitrificans由来のCuNIR結晶の回折能が優れていることを確認し、ミクロシーディングとマクロシーディングを組み合わせることで、2mm3を超える大型結晶作製に成功した。回折データはJ-PARC/MLFのiBIXで100K下で収集し、プログラムSTARGazerを用いた処理により1.5Å分解能のデータを得た。Photon FactoryのAR-NE3Aで1.03Å分解能のX線回折データを同一結晶から取得し、両データを相補的に用いた構造精密化をプログラムPHENIXで実施した。これまでのX線結晶解析からは「亜硝酸イオンが水素イオンを得た後、水が解離し、NOが結合した銅イオンが活性中心に残される」という反応機構が提唱されていたが、今回の中性子結晶解析から銅イオンの上には「水酸化物イオン」が残っていることを水素原子の直接観察により決定した(上右図)。この結果は、量子化学計算により予想された反応機構を支持するものであり、中性子結晶解析と量子化学計算の親和性の良さを示すことができた。

支援担当者の研究概要

① 玉田 太郎:https://www.qst.go.jp/site/iqls/22418.html

② 日下 勝弘:http://www.fas.ibaraki.ac.jp/NeutronBL_iBIX.html

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